本日から3日間、ベルクレッタは夏休みをいただいております。
HPなどでお知らせはしておりますが、皆様全てがご覧になっているわけではありません。
暑い中、自転車を押してご来店される方もいらっしゃいますので、店にいる時はご対応しております。

こういう時は自宅兼店舗は便利です。
なんだ、休みじゃないじゃないか?と言われてしまいそうですが

今日は77回目の終戦の日。
77回ともなると、戦争の記憶のある方達がだんだん少なくなってきます。
私の両親は子供心に覚えているので、実体験を話してくれる機会もあります。

その中で特に印象深いのは、母から聞いた終戦日の事です。
母の家は一部を兵舎にされていたので、玉音放送を兵隊さん達と一緒に聞いたそうです。
小さかった母はその内容は何も分からなかったのですが、直後兵隊さんの中で一番位の高い人が立ち上がり、腰に帯びていた日本刀を抜き放って、テーブルに切先を突き立てたのです。
テーブルの上で直立する日本刀。

彼は「貴様達がだらしないから日本は負けたのだ!」と叫び、続いて周囲にいた兵隊さん達の号泣が始まったそうです。
それで初めて母は「日本は負けてしまったのだ」と理解したと。

その後「私達はどうなってしまうの?」と父親に尋ねた所「みんな道路に寝かされて、その上をアメリカの戦車が通っていく。我々は立派に死ぬしかない」と言われて「死にたくない!怖い!」と子供達みんなで泣いたそうです。

もちろんそんな事はなかったのですが、どんなに怖い思いをしたか想像に難くありません。
どうしてそんな恐ろしい事を言ったのか分かりませんが、多分敵国というのはそういう事をすると信じられていたのでしょう。

一方で艦船に乗って南方で戦った大叔父は、帰国後生涯その時の話をしなかったと聞きました。
「話せない、話したくない」というのも無言で戦争の悲惨さを伝えていると思います。

この瞬間も戦禍に苦しんでいる人達がいます。
村上春樹氏のエッセイの中で「この世には治らない病気もあれば人知では防げない災害もある。それなのに何故さらに戦争などしようと考えるのか?」という一節があります。

確かこの時の戦争は湾岸戦争だったと思いますが、人間が始めた戦争なのだから人間が終わらせる事ができるはず。
一秒でも早く戦争が終わり、一人でも多くの人の命が助かりますように。

ちょっと重い話になりましたが、今日は甥の誕生日です。
もう一人の甥は開戦の日12月8日に産まれました。
つい開戦の日は忘れてしまうのですが終戦の日はTVなどでも特番を組まれるので忘れません。
兄弟で開戦・終戦の日生まれというのも、珍しいのではないかと思います

さて、甥っ子にバースディ・メールでも送りますか。
今日・明日と猛暑厳しいようですので、お気をつけてお過ごし下さい。